2011/03/31

確かな一歩

きのうは百貨店の藤崎へ。
1Fにはいつも通り靴や婦人雑貨の他、各フロアから集めたワゴンいっぱいのベビー用品、
文房具、肌着が揃えられていた。
ややライトダウンした店内。上階では復旧工事が急ピッチで進められていた。

そんな藤崎で、定年祝いの紳士用靴下を購入。
店員さんによると、生活用品の中でも私のように定年祝いを目的として、
あるいは転勤のために靴下を新調する人が多いそう。

そして、営業再開当初は避難所から買いに来る方も。
今来ている上着だけでは寒さをしのげないからとジャンパーを求める方。
そんな方々のニーズに応えようと、震災前に返品した冬物から戻せる分を出し、
きのうは紳士用フリースが¥2,100だった。
着の身着のままスリッパで難を逃れた方は、靴を求めに来店。
より安い靴を探す足も燃料も足りず、とにかく「今」を必死に生きている。
お財布から購入した被災された方は、ここからがスタートなんです、と。
このお財布が支えに、今後の道しるべになるのだろう。

店頭では義援金を募る伊達武将隊の姿。
演舞にはひと際大きな拍手が鳴り響いていた。

わたし達は確実に一歩を踏み出している。



※藤崎本店一部営業再開  時間 午前10時~午後3時

㈱Taizoko 営業部員

2011/03/29

3月29日(火)~地震から19日経過~

あと二日でカレンダーが一枚めくられ、新しい月を迎えます。
新年度は今までとは全く違う気持ちで臨むことになりそうですが、
少しずつ、小さな足音で私たちは春に向かっています。

週末、ラジオで山元町のりんごの木がしっかり立ってます!というリポートを聴きました。
お隣岩手県陸前高田市の海岸線に立つ松は1本だけが残り、被災された皆さんを
まるで大きく包み込むかのような存在に感じられました。
南三陸町に電柱が立ち始めたニュースも明るい気持ちにさせてくれました。

一方、間もなく入荷か?と報じられるも、なかなか解消されないのがガソリンや灯油の不足。
相変わらずガソリンスタンドは渋滞を招くほどの長い列です。
28日現在、宮城県ではタンクローリーが足りずガソリン不足がしばらく続く可能性があるとのこと。
きのう見かけた郵便局員さんは自転車で配達していました。

このような事態から、私の生活も今までのように車で移動というわけにはいきません。
パンクしたまま半年も放置していた自転車がここで活用されることになろうとは
想像すらしていませんでした。空気を入れに行ったのは震災から7日目。
「大地震から二日で自転車は完売。でもこの道40年、修理できない自転車はないから」という
オーナーの職人魂を感じ、店をあとにしました。

そんな自転車で今日向かったのが美容院。
ガスの復旧まではシャンプーとカットのみ受付、節電のため店内の電球を半分だけつけて短縮営業していました。また余震に備え、コートやバッグはロッカーではなく、足元のカゴに置くなどの工夫もされ、
ひとりひとりがやれることを精一杯やっている証だと感じました。

首都圏の計画停電には不満の声も出ていますが、被災地に住む者としては感謝の気持ちでいっぱいです。私達の東日本には送電できない関西電力管内、道頓堀の「グリコの看板」やあの「通天閣」でも
節電に努めていると知り、遠い大阪からもあたたかさが伝わってきます。

今、あるコメンテーターが発していた「しんぼうのとき」という言葉が心に響いています。
被災地に住む人たちはもちろんのこと、同じ宮城県でも生活環境の整ってきた私のような者にとっても
正にそのときなんだと思います。
小さくともひとりひとりができることを務める=努める。
日常に戻りつつあるからこそ、忘れてはいけないのだと言い聞かせています。


㈱Taizoko 営業部員

2011/03/20

復興に向けてー今おもうことー

この度の東北関東大震災で被災された皆様、そのご家族の皆様、心よりお見舞い申し上げます。
このブログをご覧の皆様は今どのような毎日をお過ごしですか?
社長の吉田からもありましたが、twitterで情報を、自分の目で見て体で感じたことを伝えることが
今私達にできることだと、微力ながら復興復旧に向け一歩踏み出したところです。

ふさぎこんでしまいがちですが、だからこそ人のぬくもりが以前より温かく感じられます。

長蛇の列をなすガソリンスタンド。
一部の心ない客の対応で疲弊することもあるだろうに
パワフルな「お待たせしましたー!」「ありがとうございましたー!」の声。
ガソリンスタンドの皆さん、助かりました!ありがとうございます。心から御礼を述べる。

また、雪の降る昼過ぎ「食べてって」と声を掛けてくれたお姉さん。
居酒屋でお昼は営業していなかったはずなのに、自分達ができることを、と
おにぎりとお味噌汁を無料で振る舞っていた。
6、7人も座ればぎゅうぎゅうのカウンター席。
私の隣に座る泉区から食べ物を求めて自転車を走らせてきた若い男性は、
おにぎりを夕飯にすると持ち帰っていた。
きっと大切に食べるのだろう。私自身もおにぎりがこんなにおいしいものとは知らなかった。

泉区内のケーキ屋さんは”がんばろう!東北”との手作りポスターで通行人を勇気づけていた。
ホワイトデーでいつもより多めに焼いたお菓子を店頭に並べ、
甘いものを食べてほっとしたというお客さんの声には励まされているのだそう。
「材料不足だけれど、次はパンを焼いてみようと思うの。ケーキの材料だからおいしいわよ~」
明るい声が店内に響く。

このようなふれあいに私も上を向かねば!と感じる。

きのう青葉区の高台から地震後初めて海を見た。
直前にすれ違った新潟市や神戸市の給水車に胸がしめしつけられ、
あの海の近くで今もなおがんばっている友を思い、涙が溢れた。
私の同級生、山元町の高山弥生はきっとどこかでお父さんとがんばっている。
今この瞬間も二人ががんばっているのなら私だって踏ん張れる。
それを力に今自分に出来ることを積み重ね復興への道を切り開く。
私も誰かの力になっていると信じて。


㈱Taizoko 営業部員

2011/03/16

地震の後5日目

被災地とはいえとても恵まれている私の環境に心から感謝しないといけないと思う。
ライフラインは電気水道は復旧し、ガスを待つのみ。
仕事もキャンセルが多い中、今出来る事は何だろうと。
ボランティア?それも一つです。
ただ自己満足に終わらないかと自分に問いかけてみる。
まずはライフライン、家族•スタッフとその家族の安否を確認する事。電気がきていない方へ携帯の充電をしたり、お水をわけたり。確実な情報をお届けする事。それが私の今できる事。
Twitterの情報はうちの営業部員が自ら取材したものを載せています。


地震から5日目。がんばろうと励まし合ってきた人達も緊張と精神的疲労から体調を崩す時期。殺気立っている人も多くなります。早くほっとした普通の生活に戻りたい、誰もが思っています。
その中で、あえて何かをするのではなく今出来る事を確実にすることはまた明るいキラキラした生活に繋がると信じています。明日はまた来る!

3月12日土曜日

今日は披露宴の司会と打ち合わせ。
この状況で施行は難しいだろうと思いながら、連絡手段を断たれている今は準備をしホテルへ向かうしかない。
でも仕事はキャンセルになりました。

徒歩で会場に向かう途中見たのは、昨日居た仙台駅前が立ち入り禁止、地面がもり上がり割れている所、壁が落ちているビル、ガラスが割れているお店‥…。昨日はわからなかった地震の被害に言葉を失う。

また我がTaizokoスタッフの安否確認はというと、電話はつながらないのでTwitterのダイレクトメールやGmailが役に立ちました。
携帯メールよりも早かった。

家族と再会でき、スタッフとの確認はとれたが
仕事もこの先どうなるかわからない、でも今出来る事は何だろう‥…